メイン

July 6, 2008

Águas de Março

なぜかボサノバにハマって随分時間が経つが、「最も好きな曲は何か」と訊かれたら、間違いなくあげるのが表題の「三月の水」だ。

この曲はボサノバの大作曲家Antonio Carlos Jobimが1972年に書き上げたそうだ。循環コードの上に、似た語幹の言葉を特に意味もなく綴り続けるという、まるで印象派の絵のような曲。「三月の水」とは秋にブラジルで降り続く雨のことだそうだが、実はこの言葉の繰り返しは毎日のような小さな事柄の繰り返しを意味し、冬へのつながっていく寂しさ、更には死を示唆しているという説もあり、切ない気持ちにさせる。この曲はブラジルでも人気があるようで、2001年のFolha de São Paulo紙で200人以上の音楽家・評論家にブラジル音楽史における最高傑作として選出されたそうだ。

この曲に初めて正式に触れたのはジョアン・ジルベルトの『ホワイトアルバム』の呼び声高い「João Gilberto」に収録されたもの。もともと下降バス音形が好きだったので一発で大好きになってしまった。同じアレンジを何回も聴くのは飽きてしまうので、最近いろいろなアーティストのカバーも収集し始めた。幸いジルベルトが2004年に来日した際に披露してくれたのも聴くことができ、鳥肌が立つほど感激したのを覚えている。
joaogilberto.jpg

もう人生も折り返し地点に近くなってきていて、こういう曲が実に心にしみるようになってきたのだ。

以下は所有リストと個人的なコメント。

akiko: シングル"Waters of March" (2002)

日本の女性ジャズボーカリストのakikoがSwingOut SisterのCorinne Dreweryとデュオで録音したもの。歌詞は英語。笑い声を入れるなど、雰囲気は「Elis & Tom」に似ているが広がりのあるポップなアレンジである。

Elena: コンピアルバム"BOSSA VOYAGE [collection1]" (2002)

女性と男性のデュオだが、(ありがちなボサノバコンピアルバム収録であるため)詳細は不明。アレンジはJobimのIneditoをよりモダンにした感じ。

Leão, Nara: アルバム"Garota de Ipanema" (1989)

ナラ・レオンが1985年に来日した際に日本のスタジオミュージシャンと録音したもの(現在は廃盤)。本人はレジーナを真似ないように意識しながら歌ったとのことだが、ナラらしい少々乱暴な感じの歌い方。ギター2本、ベース、ボンゴによるシンプルなアレンジも独特。

Gilberto, João; Getz, Stan; Miucha: アルバム"The Best Of Two Worlds" (1975)

3匹目のドジョウを狙ったスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの収録。実は後述の「ホワイトアルバム」収録よりも録音年が早いという噂もある。ジョアンのしっとりとしたポルトガル語のフレーズの後にミウシャが英語で歌う(で、その後にゲッツが毎度のようにインプロを入れるという構図)。ミウシャの歌が実に素敵。

Gilberto, João: アルバム"João Gilberto" (1973)

ジョアンとハイハットのみで構成された無駄をそぎ落とした編成で「水」をつむぐ。ジョアンのお家芸の手法で再構築されたこの曲はテンポメジャーも速いが、無限に続くかのような錯覚を覚えてしまう。この曲の最高録音。ちなみにマイルス・デイビスはこの録音を聴いて「新聞を読んでいるニュースキャスターのようだ」と評したとか。最近の来日ライブで演奏したときは間奏にVoce e euのアウトロのスキャットを挟んでいたが、これも絶妙だった。

Jobim, Antônio Carlos: アルバム"Inédito" (1987)

ジョビンが1987年にブラジルの財団 Companhia Brasileira de Projetos e Obras(CBPO)に依頼されて手兵Banda Novaと一緒に好き勝手に録音した(と言われる)もの。当時は限定1000セットで製作され関係者にのみ配布されたとのことだが、最近復刻されて今ではどこでも手に入るようになった。作曲者自身による歌・ピアノは自然体でリラックスした感じ。

Koi: アルバム"Sushi 'n' Bossa" (2006)

ブラジルの音楽家による日本風(?)エレクトリック音楽。歌詞はなし。東洋的な楽器も駆使した風変わりなアレンジ。

Lopes, Ana Paula: アルバム"Mil Roses" (2008)

色っぽい大人な演奏。アレンジは無調性のコードの繰り返しにのせた前衛ジャズで、ブラジル人によるものはJobim風のアレンジが多い中、独特である。音はクールなのだが、終わり方が格好悪いのが気になる。

Mendes, Sergio; Zap Mama: アルバム"Encanto" (2008)

MPBを代表するセルジオ・メンデスとアフリカに音楽ルーツを持つZap Mamaのコラボ。電子的なサンバアレンジで非常にポップ。アルバムにはLedisiによる英語のバージョンとここに挙げたフランス語のバージョンが収録されているが、こちらのボーナストラック"Les eaux de mars"のほうが個人的にはお勧め。

Regina, Elis; Jobim, Tom: アルバム"Elis & Tom" (1975)

説明不要なぐらいに、この曲の最も有名な録音。エリスは人気取りのためにジョビンと録音する運びになったらしいが、そういう背景を微塵も感じさせない。自然と笑い声が出てくるような楽しそうな歌声であり、間違いなく名演ではあるが、エリスの本来の魅力は出し切れていないと思う。

小野リサ: ベストアルバム"Best 1997-2001"初回限定ボーナストラック (2002)

この曲のためにわざわざ初回版を購入。ライブ音源だが、心地よいテンポに乗せて楽しそうに歌っている。アレンジはIneditoと良く似ている。

Ono, Lisa; Jobim, Daniel: アルバム"The music of Antonio Carlos Jobim "IPANEMA"" (2008)

Tom Jobimの孫Daniel JobimとのElis & Tom形式のデュオ。上記ライブ音源のものよりもテンポは速く、いい言い方をすれば軽快、悪く言えば少々せかされた感じ(おそらくダニエルの趣味だろう)。

Quarteto Jobim-Morelenbaum: アルバム"Quarteto Jobim-Morelenbaum" (2006)

ジャック・モレレンバウム(Jacques Morelenbaum)というチェロ奏者・アレンジャーが妻Paula、トムの息子パウロ(Paulo Jobim/Guitar)とそのまた息子ダニエル(Daniel Jobim/Piano)を加えた4人編成による演奏。アレンジはスタンダードだが、小野リサの新録音と同じようにテンポは速い。

Trio Esperança:アルバム"Segundo" (1995)

ブラジルの女性3人によるアカペラ。アレンジはアカペラ専用になっており、無限感はない。しかしラテン系の明るさを残しつつ、からりと美しく仕上げた名演。このアルバムに収録されている他の演奏も珠玉の名演が多い。

Trio Mocotó: アルバム"Samba Rock" (2001)

クイーカ(Cuíca)という楽器で奏でるでJazzyな三月の水。メロディはクイーカで演奏されているため、ボーカルはない。クイーカをこんなにコントロールできるのは感嘆に値するが、小さなゴンタ(そう、NHK『できるかな』にのっぽさんと出演していた)が三月の水を歌えばこうなるかなぁといった感じ。

(2008年8月22日更新)

December 15, 2005

とうとうiPodを手に入れてみる。

IMG_3757s.JPG
とうとう手に入れてしまったのだ。
忘年会で酒が入っていて、ちょっと気が大きくなってしまっていたのが原因だ。帰り道、知人の車に同乗させてもらったのだが(ちなみに彼は忘年会には参加していないので飲酒運転ではない)、なかなか車を出さないから何をしているのかと見ていると、iPodを胸ポケットから颯爽と取り出しBGMをかけはじめた。後部座席では、私と同じように忘年会に出た人がiPod nanoを弄繰り回していた。その場でiPodを持っていないのは自分一人だけという状況である。これは買わねばなるまい。ということで、帰り道に渋谷のApple Storeの前で降ろしてもらい、駆け込むなり「iPod nanoください!」と叫んだのだ。

というのは半分嘘だ。ちょっと脚色しすぎました。

しかし、前から欲しくて欲しくてたまらなかったのは事実である。だが、一昨年購入したSONY製のポータブルCDプレイヤー(MP3/ATRAC3ファイルも再生可能)を持っており、特に買う理由もないので躊躇していた(CDプレイヤーならば、購入したばかりのCDを帰り道で聴けるというメリットもあるし)。ただ、CDプレイヤーだとその大きさから鞄からだらぁーとだらしなくケーブルを出して聴くほかはなく、みっともない上にケーブルが邪魔くさい。やはりポケットに収まる大きさが良い。しかし、従来のiPodだと大きすぎてスーツのポケットに入れようモノならば形が崩れそうなぐらいだったし、ハードディスク内蔵だとディスククラッシュが不安だ。iPod shuffleと選択肢もあったが、クラシック音楽を中心に聴く者としては、順番をshuffleする聴き方はしないし、曲名も確認しながら聴きたい。ということで、いずれiPod nanoのようなものが出るのではないかと期待しつつ待っていたのだ。ちなみに他のポータブルプレイヤーはデザイン面から触手が動かなかった。

使用感はすこぶる良い。iTunesは操作性に優れているし(曲目リストがメニューが階層構造になっていれば尚良かったのだが…)、AACもVBR(Variable Bit-Rate)であれば128kbit/sで充分な音質であるように思える(固定レートだと、量子化雑音が気になる…というのは職業病だ)。さすがAACはいわゆるMP3よりは新しいオーディオ符号化方式だけあって良い(もっとも、これらはおそらくRate-Distortionカーブの限界に近い符号化効率があるとは思うので五十歩百歩だとは思うが)。

同時に購入したのはSEPIACEのケースに、クリスタルフィルムという保護フィルム。キャメル色の皮製のケースは落ち着いたイメージで30半ばのくたびれた中年男が使うには程よい感じではないかと思う。ちなみに、このケースはホールドボタン用の穴が開いていないので、装着状態ではホールドができないという致命的な欠点があるので、その点に納得できない場合は手を出さないほうが良い。また、皮は最初は硬くて絶望的に取り出すのが難しいのだが、なじんでくるとするりと押し出せるようになる。

よく考えてみると、このiPod、自前で買った初めてのApple社製品である。今まで頑なにApple社のものを購入してこなかったのに(Mac miniもヤバかったけど)。おおブルータス、お前もか。

November 25, 2005

振ってみる。

こんな時期でも咲くカリステモン・ドーソンリバー。
[画像をクリックすると大きいのが見られますが、本文とは一切関係ありません。]

誰かしら人には言えないというか言いにくい奇行癖を持っているのではないか。ここだけの話、私の場合、それは指揮真似である。

夜中、愚息(仮名)はもちろん御主人様(仮名)も寝静まった頃、大切にしているSennheiserのヘッドホンHD580を取り出して、ステレオアンプに接続する。普段めったに聴かないため埃のかぶったロマン派のオーケストラ音楽のCDを注意深く選択して棚から取り出し、CDプレイヤーにセット。ショスタコービッチやチャイコフスキーならムラヴィンスキー、マーラーならバーンスタイン、シューベルト以前だと軽快なテンポの演奏が多い古楽器のオーケストラが中心になる。そこで音量をいつもより心持大きめに設定し、厳かに演奏開始ボタンを押す。そしてやおら立ち上がり、鉛筆を指揮棒に見立てて右手に持ち、目の前にいる(つもりの)レニングラードフィルハーモニー管弦楽団(ショスタコービッチの場合)にアインザッツを出す。そして渾身の限り、全身を使って狂ったように指揮に没頭するのだ。大概の場合実際に自分が演奏したことあるか聴きなれた曲なので、暗譜で最後まで振り通す。楽器の配置も頭に入っているので、きっちりと指示も出しながら。

ロマン派のオーケストラ音楽は大曲が多いので、1曲まるごと通して振るとかなりの運動量になり汗まみれになる。いくら夜更かししていても問題のなかった全盛の学生の頃は、雰囲気を出すためにスーツまで着込んで前半・休憩・中・後半とフルコンサート規模のプログラムを組んでやっていたものだ。今思えばまったくもって正気の沙汰ではない。最近は体力も衰え1楽章分で挫折することが多いし、もちろん部屋着(ジャージ)である。零落して見る影もない。ってそんな大げさなことではないし、いずれにしても不毛なことこの上なしである。

ちなみに、まだ御主人様(仮名)にはバレていないはずだが、扉に背を向けてヘッドホンをしているので、目撃されていたとしても見なかったフリをして扉をしめてそのまま退出されてしまっては私が知る由もない。万が一目撃されていたら…想像するだけで恐ろしい。

なお、ここだけの話、入浴前に全裸で鏡の前でレイザーラモンHGばりに両手を広げて意味もなく腰を振っているのがバレたら自殺するかもしれないのだ。