1999.02.08「アイリッシュ・フルート」

最近ちょっとマイブーム(よく考えてみると変な英語だ)なのが、 アイルランド地方の音楽です。実は私には高校時代にシドニーの街角に立って ティン・ホイッスル(*1)という楽器で、 ケルト地方のジグを曲芸のように速く演奏して小遣いを荒稼ぎをしていた という恥ずかしい過去があります(これでも昔は指がマワッた方なんです)が、 昨年の夏にワケあって人前でこの楽器を吹く機会があって、 奥が深いことを再認識しました。

世の中でもアイルランド(ケルト)地方の音楽は意外に流行っていて、例えば 昨年いろんなアカデミー賞をかっさらっていった映画に 「タイタニック」がありますが、映画中にドーソンがヒロインの手を取り踊るのが アイルランド地方のジグです。あとセリーヌ・ディオン (この前コンサートに行って来ましたが、それについては別の機会にお話しましょう)が 歌うテーマソングにも、 Low Whistle(*2)がオブリガートとして印象的に使われています。 もちろん有名なアーティストとしてエンヤも忘れてはいけません。

本題に戻りましょう。 最近私が良く聴いているのがアイリッシュ・フルートによる演奏です。 これまたクラシックのフルート演奏とは一線を画す特殊な奏法を用いています。 この楽器を演奏する人達は、例えばタンギング(*3)をしません。 どのようにしてアーティキュレーション(音の区切り)をつけているのかと言うと、 異音を挿入します。これは、cutやstrikeと呼ばれ、 異なった音程の音を一瞬だけ吹くことによって、 あたかもタンギングをしているかのような効果を得ます。 構造的にタンギングが不可能なバグパイプなどでも同じ奏法を用いています。 また旋律はそのまま吹かれることはなく、 rollなどの装飾を加えるのは必須のようです。

私が特に面白いと思うのは、使用している楽器です。 金属製のフルートを用いることもあるのですが、大抵は木製の楽器を演奏しています。 注目すべきは、それが木製のベームフルート(*4)ではなく、 いわゆる8 keyのクラシカルフルートそのもの だと言うことです。つまりいわゆる「古楽器」が、 実は民族楽器という扱いを受けている地域があるという事実。 そういえば、確かブリュッヘン氏が ヘンデルの木管ソナタ全集を録音した時に用いた楽器(現在は有田氏が所蔵)は、 イギリスの田舎街でお祭り囃子用に、200年以上使われていたものだとか。

異国の民族楽器(古楽器)の勉強をしている私達は、果して自分の国の音楽について、 どれだけ知っているのだろうか。考えさせられます。

(*1)ティン・ホイッスル
Tin WhistleまたはPenny Whistle。アイルランド地方の民族楽器。 Penny Whistleの名の由来は、 「1ペニーという安い値段で買えた」からだそうです。 その名の通り錫(tin)を素材とし、 リコーダーのような歌口で発音する6つの指穴の開いた円柱形の笛です。 通常 D 調の管を使いますが、他に沢山の調性の楽器があります。
(*2)Low Whistle
訳すと「低い笛」。ティン・ホイッスル族の一種で構造は同じものですが、 大きくして低い音がでるようにしたものです。 素材に木材を使っているものあり、もの悲しい音色が特徴です。
(*3)タンギング
英語で、tonguing。音をはっきりと発音するための技術で、 TとかKで表現することが多いです。 クラシック音楽の管楽器は当り前のようにやっていますが、 雅楽のようにタンギングをしない音楽もあります。
(*4)木製のベームフルート
最近プロのオーケストラ奏者の間で流行ってますね。 管体がグレナディラや黒檀でできており、 キーは金属製のベームシステムのモダンフルートです。
(*5)8 keyのクラシカルフルート
詳しい説明は別の場所でする予定なので省きますが、 バロックフルートにキーを追加したものと考えて下さい。

今日の推薦CD:
"Stony Steps"
Matt Molloy (fl) et al.,
Green Linnet, GLCD 3041, 1987

これも非古楽系のCDです。このモロイという演奏家は、 世界的フルート奏者であるゴールウェイ氏自身が 「尊敬する演奏者」として名を挙げた優れた音楽家です。 Boothy Bandなどの(一部?)有名なアイルランドのトラッドバンドを率いていたと 記憶しています。

それほどアイリッシュ・フルートの演奏を聴いている訳ではないですが、 他と比べて、とにかくノリが良い。音はかすれているし、 妙なヴィブラートをつけたりして、それほど好みの音ではないのですが、 聴いているうちに、踊りだしたくなるような楽しい演奏です。 バロック音楽のGigueも、こんなにイキイキと演奏できないもんかなと 思います。


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Copyright (C) 1999 Yusuke Hiwasaki